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名古屋高等裁判所 昭和43年(ラ)156号 決定 1972年11月27日

原審申立人 八田しげ子(仮名) 外四名

原審相手方 北見定夫(仮名) 外五名

主文

一  昭和四三年(ラ)第一五六号事件抗告人らの抗告に基づき、原審判を取り消す。

二  被相続人八田真一郎(本籍三重県鈴鹿市○○町○○番地)の遺産を次のとおり分割する。

1  別紙目録記載(2)、(3)の宅地、(5)の山本、(6)ないし(10)の田および(14)、(15)の家屋は、いずれも八田しげ子の取得とする。

2  別紙目録記載(4)の宅地は、根本愛子、八田幸助、藤本ゆきえ、八田安江の共有取得とし、その持分を各四分の一とする。

3  別紙目録記載(1)の宅地は、池田昭子、八田照夫、八田京助、岸本寿美の共有取得とし、その持分は八田照夫において二〇分の一一、その余の三名において各二〇分の三とする。

4  別紙目録記載(11)ないし(13)の家屋および(16)の電話加入権は、いずれも八田照夫の取得とする。

5  八田照夫は、北見定夫および神山信男に対し、各金四七五万一二〇〇円の債務を負担する。

6  八田照夫は、北見定夫および神山信男に対し、前項の債務のうち各金二七五万一二〇〇円を即時に支払え。(この支払いを遅滞したときは、年五分の割合による遅延損害金を付加すること)

7  八田照夫は、北見定夫および神山信男に対し、その負担する債務のうち各金二〇〇万円を、本決定確定の日から五年後の月の末日限り支払え。(ただし、本決定確定の日から完済まで年五分の割合による金員を付加すること)

三  昭和四三年(ラ)第一六一号事件抗告人らの抗告をいずれも棄却する。

四  本手続費用は、原審ならびに当審を通じ、原審鑑定人および当審鑑定人に支給した鑑定費用はこれを一五分し、その三を八田しげ子の、その一ずつをその余の当事者の各負担とし、その余は各支出当事者の負担とする。

理由

一  第一五六号事件抗告人らは、「原審判を取り消し、さらに相当な裁判を求める。」旨申し立てたが、その理由とするところは、別紙(一)記載のとおりである。

第一六一号事件抗告人らは、「原審判を取り消す。本件を名古屋家庭裁判所へ差し戻す。」との裁判を求めたが、その理由とするところは、別紙(二)記載のとおりである。

二  被相続人八田真一郎が昭和二五年八月三〇日死亡し、その遺産を、八田しげ子が三分の一、その余の各当事者がいずれも一五分の一の割合で相続したこと、右遺産として、別紙目標「物件の表示」欄記載の各物件があることは、原審判の認定したとおりである。

三  第一五六号事件抗告人らは、原審判が、別紙目録記載(1)ないし(4)の宅地を事実上八田照夫に取得させ、同人からの他の相続人に金員を支払わせることとしたのは不当であると主張するので、まず、この点について判断する。

本件記録によると、右(1)の宅地の上には、遺産に属する建物(別紙目録記載(11)ないし(13)の家屋)のほか八田京助の居住する二階建家屋が存在し、また、右(1)ないし(4)の宅地全部にまたがつて八田照夫所有の二階建旅館が存在し、現にこれらを八田照夫およびその家族ならびに八田京助が、居住用および営業用として使用占有していることが認められる。

原審判は、右(1)ないし(4)の宅地を現実に分割すると、八田照夫の旅館営業に重大な支障を来たすことになり、同人の生活の根拠を奪うことにもなりかねないとの判断のもとに、右の宅地全部を同人が現状のまま使用しうるように、これを同人と池田昭子、八田京助、岸本寿美の共有としたものである。そして、遺産の分割は、相続分に応じ、遺産に属する物または権利の種類および性質、各相続人の職業その他一切の事情を考慮してこれをすべきものであり(民法九〇六条)、遺産の一部により生計を立てている相続人がある場合に、なるべくこれをその相続人に取得させて、従前と変らない生活を維持させようとすることも、遺産分割にあたつて考慮すべき一切の事情に含まれると解されるから、原審判の前示判断も一応首肯し得ないでない。

しかしながら、原審判は、八田照夫に対し右(1)ないし(4)の宅地を一三分の一〇の共有持分をもつて取得させたため、同人に対し多額の債務を負担させる結果となつた。すなわち、右債務の総額は、八田しげ子に対する金七九七万円、根本愛子、八田京助、藤本ゆきえ、八田安江、神山信男、北見定夫に対する各金二六二万四〇〇〇円の合計金二三七一万四〇〇〇円となる。ところが、本件記録によれば、八田照夫は、もつぱら前記旅館営業からの収入によつて生計を立てているところ、右収入は必ずしも多くなく、しかも、同人所有の旅館建物に債権元本極度額四五〇万円の根抵当権を設定していることが認められ、同人は右債務の負担にとうてい堪えられないことが明らかである。原審判は、右債務の支払いにつき期限の猶予および分割払いを認めたのであるが、これによつても、同人は、即時に合計金一一七一万四〇〇〇円を支払つたのち、審判確定の日から一年間据置いて、その後一〇年間毎月合計金一〇万円を支払うこととなるのであつて、八田照夫の前記の資産状態を考慮すると、右の即時払いおよび分割払いの履行が確実になされるか否か多大の危惧が存するところである。そして、右の支払いを受ける者が、その債権を確保すべき手段は何ら講じられていないのであるから、その被る不利益は八田照夫の享受する利益に比して著しいものといわなければならない。

右にみたところによれば、原審判は、相続人間の実質的公平を無視したものであつて、相当といえない。第一五六号事件抗告人らの抗告は、この点において理由がある。そこで、家事審判規則一九条二項により原審判を取り消して、当裁判所みずから審判に代わる裁判をする。

四  相続財産の評価額は、別紙目録「評価額」欄記載のとおりである。

右は、当審における鑑定人後藤一男の鑑定の結果を基礎として算出したものであり(一〇〇〇円未満切捨)、原審判の認定した評価額を大はばに上まわることになるが、遺産分割における相続財産評価の基準時は分割時と解すべきであるから、分割時に最も近接した昭和四六年七月九日当時における評価額を明らかにした当審の鑑定の結果によるのが相当である。

なお、別紙目録記載(16)の電話加入権については、名古屋市内における右同日現在の取引価格(当裁判所に顕著である。)によつた。

右によれば、本件相続財産の評価額は、総額金七一二六万八〇〇〇円となる。そうすると、各相続人の相続分の価額は、八田しげ子(三分の一)につき金二三七五万六〇〇〇円、その余の各当事者(各一五分の一)につき各金四七五万一二〇〇円となる。

五  各相続人についての事情は、次のとおりである。

1  八田しげ子は、被相続人と約一〇年余結婚生活を営み、被相続人空亡後は八田照夫らとともに生活していたが、昭和三二年根本愛子、八田幸助、藤本ゆきえ、八田安江を連れて家を出て再婚し、現在では現夫の所有家屋に住み家事に従事している。

根本愛子、藤本ゆきえは、いずれも結婚してそれぞれ独立している。

八田幸助は、しげ子の現夫と養子縁組をし、結婚して妻子とともにしげ子方に同居している。職業は会社員である。

八田安江はしげ子の現夫と養子縁組をし、しげ子と同居している。未婚である。

以上の五名は、現物分割を望んでおり、遺産の一部を右五名の共有とすることもさしつかえないとの意見も述べているが、八田照夫所有の旅館の敷地部分を取得した場合に、同人のため賃借権を設定することには反対である。

2  北見定夫は、早くから養子に出され、現在養父母および妻子とともに生活している。会社員である。現金を取得することを望んでいるが現物分割の場合は、とりあえず右八田しげ子ら五名のグループに加わつて遺産の一部を共有したい旨の意見を述べている。

3  八田照夫は、妻とともに、別紙目録記載(1)ないし(4)の宅地上の同(11)ないし(13)の家屋に居住し、かつ、右地上に建物を所有して旅館を営業するかたわら、八田京助のめんどうをみている。

八田京助は、右(1)ないし(4)の宅地上の建物に居住し、日雇人夫として稼働しているが、精神状態に不安があり、未だ独身で、兄である八田照夫の扶養を受けている。

池田昭子、岸本寿美は、いずれも結婚している。

右のうち、八田照夫は、旅館営業を存続させることを前提として(1)ないし(4)の宅地を取得することを希望しており、その全部を取得することが不可能なら、旅館の敷地を取得した者から、これを賃借したいとの意見を述べている。また、池田昭子および岸本寿美は照夫に一任している。

4  神山信男は、会社員で、養父母とともに生活している。現金を取得することを希望している。

六  次に、分割の方法について検討する。

1  本件遺産の分割方法について最も問題になるのは、(1)ないし(4)の宅地をいかに分割すべきかの点である。すなわち、右の宅地は遺産の中でも評価額が最も高額であり、少なくともその一部を、相続分の最も多い八田しげ子に取得させるのでなければ、現物分割は困難なのであるが、さりとて、八田照夫が右の宅地上で居住し、旅館業を営んで生計を立て、かつ八田京助を扶養しているという事情を、全く無視するわけにはいかないからである。

ところで、照夫の側の事情を重視して、右の宅地を全部同人に取得させることにすると、他の相続人に対しては、右照夫から各相続分に応じた金員を支払わせる方法により、その間の調整をはかることが必要であるが、この方法を採用すると、同人の負担する債務は著しく高額となる。この点は、原審判の分割方法の当否を検討する際に既にみたところであるが、当審における前示の評価額を基礎とすれば、これがさらに著しくなることは明らかである。そして、同人の現在の資産状態からすれば、同人が仮に右(1)ないし(4)の宅地を取得しても、他の相続人に対して負担すべき莫大な債務を完済するために、いずれは右宅地を他に処分し、その代価をもつてこれに充てなければならない事態になることは目に見えている。そうとすると、現時点において、可能なかぎり、右の宅地を現物分割する方がむしろ直截的である。

2  そこで、次のとおり分割するのが適当と考える。

(一)  別紙目録記載(1)ないし(4)の宅地のうち(1)の宅地は、現に八田照夫および八田京助の居住家屋の敷地に供されているので、これを右両名、および照夫に一任するという池田昭子、岸本寿美の四名の共有取得とし、その持分の割合は、八田照夫が二〇分の一一、その余の三名が各二〇分の三とする。これによる同人らの取得額は、八田照夫において金一六八六万〇八〇〇円、その余の三名において各金四五九万八四〇〇円となる。

(二)  同(11)ないし(13)の家屋および(16)の電話加入権は、いずれも現に八田照夫が使用しているものであるから、同人に取得させる。これによる同人の取得額は金一一万四〇〇〇円となる。

(三)  同(1)ないし(4)の宅地のうち(2)、(3)、(4)の宅地については、一グループによる共有の意見を述べている八田しげ子、根本愛子、八田幸助、藤本ゆきえ、八田安江の五名に共有取得させることも考えられるが、共有者が多数になると権利関係が複雑になるし、右(4)の宅地の評価額が根本愛子、八田幸助、藤本ゆきえ、八田安江の相続分の合計にほぼ等しくなるので、右(4)の宅地を右四名の共有取得とする。その共有持分は各四分の一とし、右価額は金四五八万〇五〇〇円となる。

(四)  同(1)ないし(4)の宅地のうち(2)、(3)の宅地および同(5)ないし(10)の田および同(14)、(15)の家屋を八田しげ子に取得させる。これによる同人の取得額は金二二一七万六〇〇〇円となる。

(五)  北見定夫および神山信男に対しては、分割すべき物件がないが、同人らが現金の取得を望んでいるので、八田照夫の取得額のうち相続分の価額を超過する分から、右両名に対し各金四七五万一三〇〇円を支払わせることとする。

3  以上のように分割すると、各人の取得分は、次のような増減を生ずる。

すなわち、<1>八田照夫は、前段(一)、(二)の取得分の合計金一六九七万四八〇〇円から、(五)により北見定夫および神山信男に支払うべき金額の合計金九五〇万二四〇〇円を控除した金七四七万二四〇〇円を取得することになるので、金二七二万一二〇〇円超過する。<2>池田昭子、八田京助、岸本寿美は各金一五万二八〇〇円、<3>根本愛子、八田幸助、藤本ゆきえ、八田安江は各金一七万〇七〇〇円、<4>八田しげ子は金一五八万円それぞれ不足する。<5>北見定夫および神山信男については増減がない。

右にみたように、本来取得すべき価額との差が最も著しいのは、八田照夫の取得価額が金二七二万一二〇〇円超過するのに対し、八田しげ子の取得価額が金一五八万円不足することである。このような差が生じるのは、主として、八田照夫に対し(1)の宅地を持分二〇分の一一で共有取得させ、さらに(11)ないし(13)および(16)の物件を単独で取得させたことによるものである。そして、この点については、既にみたように、(1)ないし(4)の宅地は、もつぱら八田照夫の生活および営業の根拠とされているため、能うかぎりこれを同人に取得させるのが望ましいところ、そのうち(1)の宅地は、同人の居住する(11)ないし(13)の家屋の敷地となつているほか、同人の所有する旅館の主要な部分の敷地となつているので、右(1)ないし(4)の宅地のうちでは、これを同人に取得させるのが最も適当であると判断したのである。

ところで、八田照夫は、十数年来、遺産のうち最も重要な部分に属する右(1)ないし(4)の宅地および(11)ないし(13)の家屋に拠つて、その維持管理に努めるとともに、弟の八田京助のめんどうをみてきたのであるが、前記のとおりの分割が実現すると、同人所有の旅館が(2)、(3)、(4)の宅地の上にかかつているため、右宅地を取得する者からの請求があれば、右旅館を収去せざるを得ない立場に置かれ、その被る損害は著しいものと考えられる。その上、北見定夫および神山信男に対して、今後少なからぬ金員を支払わなければならないし、相当困難な事情の存することは否定できない。これに対して、八田しげ子は、早くから右の土地を離れ、再婚して現夫とともに安定した生活を営んでおり、また、他に賃借していた(14)、(15)の家屋からの質料の収入は同人が取得していた等の事情があり、なお、同人についての前記不足分は、本来取得すべき額の一割にも満たないことが明らかである。そして、遺産分割にあたつて現物により分割する場合には、土地の形状や地番あるいは使用状況等、種々の事情から、相続分どおりに分割することはきわめて困難であり、ある程度の差異が生ずることは避けられないところである。

これらの点を考慮すると、八田照夫と八田しげ子の各取得価額に、前記の程度の差異が生じてもやむを得ないというほかなく、また、その余の相続人についての前記の各不足額は、その本来取得すべき価額に比して、ほとんど問題とするに足らないものであるから、これらの差異について、あらためて八田照夫に債務を負担させる必要はないと考えられる。

七  ところで、八田照夫が北見定夫および神山信男に対して負担する各金四七五万一二〇〇円については、八田照夫の資力を考慮して、そのうち各金二七五万一二〇〇円を即時に支払わせ、残余の各金二〇〇万円につき五年の据置期間を設け、その間の利息(民事法定利率年五分による。)もあわせて支払わせることとする。なお、右の即時払いおよび据置期間後の支払いについて遅滞があつた場合には、右同率による遅延損害金を支払うべきことは当然である。

八  なお、以上のような分割方法をとると、八田照夫所有の旅館は早晩収去のやむなきに至る場合も考えられ、しかるときは同人の旅館営業の存続は不可能となる。そのため、当審においても、右旅館営業に支障を来たさないような分割方法について、各当事者から種々の意見が述べられたのであるが、結局合意に達するに至らなかつた。

そこで、当裁判所は、原審判に代わる裁判としては、前記のような分割方法を採用するほかないと判断したのであるが、もとより当事者間において、今後これと異なる合意をすることは自由であり、また、八田しげ子らの申し出により、(2)、(3)、(4)の宅地について、向後数年間は八田照夫の使用を認め、その後同人に資金の余裕ができた場合に、これを買い取る等の方法により、同人の旅館営業を継続させることも可能である。右はあくまで当事者間の自由な合意により解決すべきことがらであるが、元来、八田照夫方は本件各当事者にとつて、いわば一族の本家ともいうべきものであるから、それぞれに協力して、同人の生活および営業を盛り立てていくことは望ましいことと考えられる。

九  第一六一号事件抗告人らは、八田照夫が(1)ないし(4)の宅地を維持管理してきたことを理由に、原審判認定の遺産の評価額を不当であるというが、同人の遺産に対する貢献の程度を、その主張のように金二〇〇〇万円と評価すべき資料は何ら存しない。また、その他の遺産についての評価額については、当裁判所は、新たな鑑定の結果に基づき前記のとおり判断したものである。

よつて、同抗告人らの主張はいずれも理由がないから、右抗告は失当として棄却すべきである。

(もつとも、本件遺産分割の方法についての判断にあたり、八田照夫が(1)ないし(4)の宅地の維持管理に努めてきたことを考慮したことは、既に述べたとおりである。)

一〇  以上の次第であるから、第一五六号事件抗告人らの抗告に基づき原審判を変更し、第一六一号事件抗告人らの抗告はいずれも棄却することとし、手続費用については、原審ならびに当審を通じ、鑑定人に支給した鑑定費用は、法定相続分に按分して、一五分の三を八田しげ子の、一五分の一ずつをその余の各当事者の各負担とし、その余の費用は支出した当事者の負担とすることとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 山口正夫 裁判官 宮本聖司 新村正人)

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